KISAKI OFFICIAL SITE

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UNDER CODE PRODUCTIONの代表として、同レーベルの若手バンドたちの積極的な育成はもちろん。つねにVISUAL界全体を見回し、VISUALシーンの未来への発展を見据えた活動を続けているKISAKI。


言うなればKISAKIは、"VISUAL界全体のプロデューサー"ともいえようか。
 
そんなKISAKIが、2009年に入り行った面白い活動の一つが、4月11日に渋谷O-WESTで開催になった、雑誌men's SPIDER PRESENTS「融合と革命の嵐」へ出演したモデル・バンド「メンズスパイダーバンド」へ、「GOKAN」という楽曲の提供及び、同バンドのプロデュースを行ったことだった。
このプロジェクトは、元カリスマホストの鮎川優との繋がりから生まれ、「ぜひ一緒に」という鮎川優からの熱いオファーを受け、成立した企画。過去にも、レーベルの枠を越えてプロデュース活動を行ってきたKISAKIだったが、ここでも"ホスト・ヴィジュアル系"という枠の中へKISAKIは一石を投じていった。
 
KISAKIと言えば、みずからも諸先輩方から様々な享受を受けてきた人物。それだけにVISUAL界を形作ってきた先輩たちには、とても熱い敬意を評している。
そんな関係から生まれたのが、2009年4月29日に発売。ex.黒夢~SADSの清春をゲスト・ヴォーカリストに迎えた、伊集院明朗率いるFLESH FOR FLANKENSTEINのSUPER BEST ALBUM「DJ FLANKEN STEIN」のプロデュースという活動だった。。
さらに5月30日には、同アルバムのリリースイベントを目黒鹿鳴館を舞台にプロデュース開催。
FLESH FOR FLANKENSTEIN CD発売記念イベント「RIDE THE ROCK YOU!!」と題したこのイベントには、FLESH FOR FLANKENSTEIN/THE DEAD POP STARS/TOKYO YANKEES/大仁田厚 with KIxxANDCRY/JOLLY PICKLESなどなど、現在のVISUAL界を形作ってきた偉大なる諸先輩バンドたちが多数参加。
後輩の立場でありながら、同時に諸先輩方からも熱い信頼を得ているのも、KISAKIという男のカリスマ性はもちろん。その熱い魂を持った人間性があってこそのこと。世代を越えて多くのミュージシャン、関係者らがKISAKIのもとへ集うのも、そこに理由がある。
 
ビジュアル界を支えてきた人たちへの新しい活動再開の場を与えてゆく活動は、さらに拍車を駆けてゆく。Deshabillz、FLESH FOR FLANKENSTEINと続いた伝説バンドのプロデュース・シリーズの中、次にKISAKIがタッグを組んだのが、Kneuklid Romanceだった
たった1日のみの復活ライブという華舞台のために、KISAKIはメンバーらとともに、新作を含む、様々な環境を作りあげていった。それが09年6月10日に発売となった、Kneuklid Romance限定復活記念音源MAXI-SINGLE「SHINE」の制作&MEMORIAL BEST BOX「Kneuklid Romance-Phantom~phantom of the 10th year-」のプロデュースだった。
約10年の時を経て、Kneuklid Romance奇跡の一日復活が決定!!
敬意を持った先輩でありながら、またもや一つの伝説を、まだ触れたことのない若いバンドやファンたちへも知らしめるべく行われた、この活動。
KISAKI自身も、MEMORIAL BEST BOX「Kneuklid Romance-Phantom~phantom of the 10th year-」へ、KISAKIソロ名義のもと、Kneuklid Romanceのナンバー「fantastic idea」をトリビュート演奏し、収録している。
さらに6月27日には、 東京キネマ倶楽部を舞台にKneuklid Romance復活公演「Phantom~phantom of the 10th year~」をプロデュース。Kneuklid Romanceの持つVISUALISMを若手バンドへも伝えるべく、Kneuklid Romanceのステージを彩るために、共演バンドたちが、Kneuklid Romanceの楽曲をカヴァー演奏したのも、大きな話題を集めた出来事だった。
 
そして2009年7月21日に発行された雑誌「Cure」表紙&巻頭大特集を通しKISAKIが口にしたのは、8月23日に大阪服部緑地野外音楽堂で開催になる大阪ビジュアルフェスティバル「Bands Shock REVOLUTION ~びじゅある祭2009~」へ、当日限定スペシャル・バンド「妃&B.S.Revolution」を率い、メインアクトで出演という嬉しい表明だった。
この"妃&B.S.Revolution"のメンバーは、Vo:マコト-ex.ドレミ團- G:JUN-ex.Phantasmagoria- G:未散-ex.MASK- B:KISAKI-ex.Phantasmagoria- Ds.YURAサマ-PsycholeCemu-。
この豪華さは、長年VISUAL界を牽引してきたKISAKIだからこそ出来る、信頼関係熱いセッション・バンドと言えようか。
 
9月09日には、LUNA SEAの真矢とのコラボレート・プロジェクト「Seven」のデビュー作「キラーチューン」へ、KISAKIが楽曲提供を行った。Sevenは、KISAKIの盟友であり、みずからLoop∞Ashを率いる未散が、MASKの解散以降ついに腰を上げ、復活の狼煙とともに作り上げたバンドである。レーベル・オーナーであり、みずからもバンドを率いるリーダーという、まさにKISAKIと同じ立場であり。同じ時代を駆け抜けてきた親友の復活劇は、KISAKIにも大きな心の刺激を与えていった。
 その影響は10月03日 渋谷C.C.Lemonホールを舞台に、Sevenの初ライブとなる主催イベント「ヴィジュアル大フィーバー」へ友情出演することはもちろん、8月21日発売の「Cure」誌上でミュージシャンだからこそ理解出来るプロデューサーとしての葛藤を意味深に激白した。

KISAKIが「Cure」誌上を通し発言した言葉は、また"新たな伝説"の扉を開くための、最初の鍵になっていたのは、その後知ることになる。

2009年の秋、KISAKIは UNDER CODE PRODUCTIONの更なる再活性化を行うべく、みずからも舞台上へミュージシャンとして立ちながら、同じ"アーティスト"としての空気を肌で実感してゆくことを決意。
その最初の行動として起こしたのが、2009年12月31日~2010年1月01日にかけ、東京キネマ倶楽部を舞台に行った UNDER CODE PRODUCTION東京初となるカウントダウンイベント「首都制圧2009~2010」だった。
計16時間、総24バンドが出演したこのイベントは、豪華な出演者も話題を集め、即日完売し大盛況博したイベントとして大きな成功を納めた。
と同時にUNDER CODE PRODUCTION及びKISAKI自身が、新たな光をシーンに降り注ぐ年となる2010年に向け最高のスタートを切ることになった。
このイベントのカウントダウンを担うバンドとして登場したのが、今や伝説と化していたPhantasmagoriaだった。
 「首都制圧にPhantasmagoriaが出演」と告知が広がった時点で、日本は元より、世界中の人たちが、今後のPhantasmagoriaの動向、そしてKISAKI自身の活動の行方へ熱い注目の視線を注いでいた。
そして彼らは、舞台上から、「Phantasmagoriaの期間限定活動」を声明。
その声明こそ、KISAKI自身がふたたびアーティスト、ミュージシャンとしてシーンのフロントへ舞い戻ってゆく為の、最初の行動だった。

そして遂にKISAKIは、 UNDER CODE PRODUCTIONのホームページ上を通し、2010年2月01日に声明を発表した。
それが、以下の2つの内容だ。
「2009年12月31日東京キネマ倶楽部~2010年4月05日大阪BIG CATまで、Phantasmagoriaの期間限定復活」
「Phantasmagoriaの期間限定復活を経て2010年初夏より新バンドを結成し、音楽シーンへの復帰を決意」
 
Phantasmagoriaとしての復活には、明確な理由があってのこと。
だが復活という舞台の奥深いところには、KISAKI自身の"表舞台への復帰"という大きな決意が隠されていた。
これも、「リアルタイムで現場の空気を感じてこそ、今の時代を作っていける」ことを信条としているKISAKIらしい考えであり、その上での答えとみるべきだろう。

2010年3月10日に、Phantasmagoriaは、LIMITED SINGLE「Diamond Dust」&RARE TRACKS MINI ALBUM「Seeds of Brain」を発売した。
3月19日にはKISAKI自身がバンド活動を始めた頃から長年に渡り立ち続けてきた「目黒鹿鳴館30th Anniversary 鹿鳴館伝説~LEGEND OF ROCK MAY KAN~」 at 東京JCB HALLへ、ムック、メリー、VersaillesらとPhantasmagoriaとして出演。
そしてPhantasmagoriaの期間限定復活は、4月05日・大阪BIG CATでのワンマン・ライブ「Diamond Dust in Truth~新たな約束~」を持って、ふたたび封印された。もちろんチケットは、Phantasmagoria2年半ぶりのワンマン公演ということもあり、即日完売。

ファンの方ならご存じだろうが、"4月05日"は、彼にとって大切な日である。
そう、「2007年にKISAKIが一度引退を表明した日」である。
KISAKIは「一人のミュージシャンとして、応援してくれる人たちへ向け、一つの大切なメッセージを、その日の舞台上から伝えたい」という想いのもと、Phantasmagoriaの封印の日を、4月05日というKISAKI自身にとって大切な日に選んでいた。

この日、舞台上から発表されたのは、まさにKISAKIのこれからの道を大きな光と共に指し示す言葉だった。

KISAKI新バンド「凛」の結成!!

翌、4月06日、KISAKIはホームページ上でKISAKI新バンド「凛」としての活動を正式に発表。
この報告を持って、また新たな歴史がこのシーンへ刻まれ始めた。

KISAKI自身、全身全霊…命を注ぎ込む想いのもとに、凛を結成。メンバーも、彼と同じ意志を共有できるミュージシャンらを選出。「同じ意識を持つ仲間」であることを確認したうえで、凛への参加を呼びかけた経緯もあったように、まさに鉄壁な布陣のもと、凛は"KISAKI自身の夢と生涯"を賭けた航海へと船出していくことになった。

 4月25日、「凛に強い期待と、同じ夢を持って進んでゆくクルーたちであること」という想いを込め、凛は初めての音源をあえて通信販売限定という形のもと、PREMIUM CD『凛』完全限定1000枚という形で販売。同作品は、予約の時点で完売。KISAKI自身「これ以上、再生産するつもりはない」と断言したように、今でも幻の音源でありながら。でも、ライブではよく耳にしてゆく定番ナンバーにもなっていった。

 5月01日には、KISAKI復活限定特別番組として「MONOLOGUE」配信を実施。彼との再会を喜ぶ人たちから多数のアクセスが寄せられていた。

 5月23日には、なんばHatchにて開催された「Over the Edge'10 @OSAKA」にて、凛としての初ライブを敢行。
共演は、かつてのレーベルメイトであったヴィドールや12012、Sadie/ギルガメッシュ/ダウト/ドレミ團/heidi./Mix speaker's,inc.という錚々たる面子。各バンドが、シーンの中で強烈な存在感を放っていた中、凛は、始動したばかりとは思えない堂々たるステージングで、その場にいた観客たちへ鮮烈な印象を与え、その後の躍進へ大きな弾みを付けてゆくことになった。
凛は、この日のライブを皮切りに、いきなり全国ツアー「As If Forever Exists.」も開催している。

5月26日には、ゴールデンボンバーの楽曲なども収録していたオムニバスCD『NEO VOLTAGE』に『Foolish』で参加。通販限定作品『凛』を手に出来なかった人たちにとっては、嬉しい凛の音楽との初遭遇の場にもなっていた。

 正式活動開始前から、時間を割いては次々と音源を作り続けてきた凛。6月02日には、初の一般流通となる作品であり、1stマキシ盤となった『As If Forever Exists.』を3 TYPEのもと同時に発売。オリコンのインディーズチャートで堂々の第1位を記録した。でも、当時の凛を持ってすれば、これも当然の結果と言えようか。

6月06日には、異スタイルなバンドとの共演イベントへ参加。凛は、BALZACなどが出演していた、大阪住之江名村造船所跡地で開催になった「STRAIGHT LIFE」と題したフェスへ登場。ここでも、「ヴィジュアル界にKISAKIあり」という存在感を知らしめていった。

この時期には、出演するイベントを限定してとはいえ、凛はイベント・ライブへも積極的に参加していくようになっていた。そんな凛が、初めて大きなツアーを行った。それが、盟友バンドのSadieと共に、カップリング・ツアー「Metamorphose」だった。2バンドの持つ勢いもあって、各会場で熱気と熱狂の渦を巻き起こしていった。

11月10日に凛は、2ndマキシ盤『Metamorphose』を2 TYPE同時に発売。オリコンのインディーズチャートで第2位を記録。この表題曲も、凛のライブでは定番化している楽曲だ。

12月31日から翌2011年1月1日にかけ、梅田アムホールを舞台に、毎年恒例となったUNDER CODE PRODUCTIONのカウントダウン・イベント「関西制圧2010~2011」を開催。凛にとって「関西制圧」への参加は、この年が初となった。

2011年1月には、凛としての勢力を大きく拡大してゆくきっかけにも繋がった全国ツアーを開催。同ツアーは、目黒鹿鳴館を皮切りに、計16本行われた。

 2月01日には、SHOXXとの共同プロデュースのもと、オムニバスCD『Explosion showcase』を制作。凛も『Gasp For Breath』で参加している。この作品を通し、当時の若手バンドたちへ躍進のチャンスの場を提供。レーベルという枠を越え、若手バンドの育成どころか、ヴィジュアル・シーン自体をしっかり豊かな土壌として活性化させようとしていたところが、このシーンを先頭に立って牽引し続けているKISAKIらしさと言えようか。
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